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東京マラソン2008出場をきっかけに走り出して市民ランナーに!!読書とランニングで自己開発した先に、2011年9月インド最大の商業都市ムンバイにおりたちました。一生勉強、一生青春
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Posted on 23:53:09
2008年の3月にブログを書き始めて4年目に入りました。

高校1年生が3年になって卒業するまでずっと書いていたのと同じ時間。
若いころの時間と、年を経てからの時間は感覚が違うといいます。

高校時代の3年間が長ったといえばそう思えるし、
早かったといえば、本当にあっという間でした。

大人になってからも高校時代の友達と話すたび、 
「あのころは~だったね」と思い出す回数が増えるたび、
昔のほうがずっと濃くて生き生きとした時間を過ごしていたような気がすることがありました。



このブログを始めたころは、
転職して半年ぐらいがたち、
学生時代からの長い付き合いだった人とも離れて、
それをきっかけに走り出した日々が続いていました。

2008年ごろのブログを見ているとわかるのですが、
かなり早起きして会社に向かい、
いつもカフェで30分から1時間ぐらい、
「その日の仕事への意気込み」をノートに書いていました。

本も一週間にがんばって一冊読むくらいでした。

走ることを続けることに奮闘していました。


3年目に突入のときに、「壁を破りたい」と書いていて、
その壁は今はあるのかないのかわからない。

昨年の7月には、第二章 Connecting the dots というエントリーで


「自分はこのあたりだろう」とあきらめていた。
そのブレーキは、家族に対して踏んでいると。
一番身近な人に心を開けない。




そんな親に対する控えめな自分は今はなくて、
支えられるような存在になってきたんじゃないか
と思えるようになりました。



「ブログ、2年続けると変わる」と聞いていましたが、
2年続けて、3年目はアウトプット一転、自分の日々の記録になってしまいました。


ブログを始めたことろ比べて、
あまり変わったと思えることは、
今、直接感じることはできないのですが、


当時、継続することが目標だったものは、
日々の習慣になり、
当時から習慣だったものは、
かなり改善を加えてきているだろうと。


ランニングも読書も、
さらには、日々の食生活の改善も、
今は習慣になり
(食事に関してはかなりムラあり)

当時から記録をつけることが習慣だったものは、
Googleや、GTD、フランクリンプランナー手帳など、
より密度の濃いものになっていると思います。

(以上のことはこれまでも何度か書いているかも。)


給料はほとんど上がってないから、
自己満足っていうしかないけど・・・
たぶん職場をかえるか、職種をかえないと難しいので・・。


今は、どれも器用貧乏といいますか、
中途半端です。この分野なら任せとけ!というのはありません。

もっと広げると決めたものは広く、
もっと深めると決めたものは深く、
やめると決めたことは潔くやめて。


(略)2011年は、「崩壊のあと」の焦土に、新たな建設が開始されるタイミングといえます。2008年から2010年までに崩れ去ったもののあとに、2011年から2012年にかけて、新しい世界が産み落とされるのです。
(略)
2008年から2012年という5年間は、時代の大きな節目にあたっていますが、そんな「節目」の中でも、2010年から2011年は「山場」です。そして、2010年は「崩壊の完了」、2011年は「建設の開始」という位置づけで捉えうる、と私は考えています。「建設の開始」の2011年、誰もが自分の新しい力に気づき、古い窮屈な前提から自由になって羽ばたこうとするだろう、と私は想像しているのです。



2011年の幸せ占い。


あ! できないことが増えたって思うのは、
今まではこんなこと自分ができるって思ってなかったことに、
自分がいくつか取り組んでいるからかもしれない。


ちょうど今、ネットで話題になっているこちらのエントリーをあげて、締めくくるとする。
(男に生まれたかった・・)

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


(略)時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。(以下略)




この3年は、仕事での変化や成長という面では物足りないです。
しかし、生まれてからずっと冷え症だった私が、寒さをさほど感じなくなり、
働き始めてずっと体が弱いと言われてた私が日々走るようになり、
肉体的、精神的に強くなった時間だったと思います。

今まで、自分はこの道で生きる!と決めていた人生から、
枠が広がり、自分自身に対する自由度があがってきたのではないかと。
自由になったのは、いくつか、自分であきらめてきたからかもしれないけど。


このところ東京でも地震が続いていて、
「もし自分が今死んだとしたら後悔するだろうか」
と考えるのですが、

ほとんど後悔することはありません。

父親に感謝のきもちを伝えていないこと意外は。

それ以上はたとえば「あと半年しか生きれないとしたら何をしたいか」と言われても、
半年で成し遂げられるようなことでこれだけはやっておきたい、と思えるようなこともないのです。

結婚したほうがよかったとか、子供を産めばよかったとか、
そういったことも全く関心にあがりません。

なんとなく、それはすごく悲しいことなのかなぁと思います。


一年後に、その考えは変わっているのでしょうか・・・。





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